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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)3964号 判決

控訴人 小柳源喜

右訴訟代理人弁護士 興津哲雄

被控訴人 静岡県信用保証協会

右代表者理事 三浦雄三

右訴訟代理人弁護士 城田冨雄

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

理由

一  ≪証拠≫によると、請求原因1(一)(訴外銀行と和男間の銀行取引約定の成立)の事実が、≪証拠≫によると、請求原因1(二)(訴外銀行と和男間の消費貸借の成立)の事実が、それぞれ認められる。

二  ≪証拠≫によると、請求原因2、3(被控訴人の連帯保証と和男の債務の弁済)の事実を認めることができる。

三  そこで請求原因4(控訴人の連帯保証)の事実について判断する。

1  請求原因4(一)の事実、すなわち昭和五九年一二月二九日、和男と訴外銀行との間の取引によつて昭和六一年一二月一五日までに生じた一切の債務について、保証限度額を二億円とする連帯根保証契約を、サカエが控訴人を代理し署名代行の方法により締結したことは、当事者間に争いがない。

2  そこで同(二)(控訴人のサカエに対する代理権の授与)の事実について検討する。

(一)  ≪証拠≫並びに弁論の全趣旨によると、昭和五九年一二月二九日付けで作成された甲第六号証(保証書・以下「本件保証書」という。)の控訴人名の左右横に当初顕出されていた控訴人の印影は、サカエが印判屋に偽造させた控訴人の実印に酷似した印章(右検乙第一号証の印章)により顕出されたもので、後に訴外銀行側で控訴人の実印とは印影が異なることに気付き、サカエに実印の押捺を要求したため、昭和六〇年六月ころ改めて本件保証書及びその他右偽造印が押捺された書面に控訴人の真の実印が押捺されたことが認められる。

(二)  次に、右代理権の授与の有無についての判断の前提として、和男と控訴人との関係、控訴人の印影の顕出された各契約書の作成経緯、本件紛争に至るまでの事情等について検討する。

≪証拠≫並びに弁論の全趣旨に右(一)認定の事実を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 和男は、父松太郎のあとを継ぎ、大松和山下木材(以下「山下木材」という。)の商号で木工場を経営していた。なお、右松太郎は昭和五八年九月一八日に死亡したが、それ以前から和男が実質その経営に当たつてきていたところ、同人の妹タカエの夫であり専務と呼ばれていた杉山敦夫と、和男の妻サカエがこれを助け、右サカエは経理関係や金融機関との折衝等を担当していた。山下木材は、主にいすず自動車関係の仕事をし、昭和五七、五八年ころで毎月の売上は四〇〇〇万円前後あり、その業績は順調であると評価されていた。

(2) 控訴人は、その妻昭子がサカエの実妹であり、山下木材に昭和四五年から同四九年まで勤務していたがいつたん退職し、その後昭和五一年から工員として再び勤めるようになつた。そして、最後の三年間は、控訴人は工場長と呼ばれていたが、山下木材の経営に参画していたわけではなく、仕事の内容にも変化はなく、現場で実際の作業に従事し工員としての多忙な毎日を過ごしていた。昭和六一年三月に和男らとの関係が円滑にいかなくなつたことなどから、控訴人は山下木材を退職したが、昭子とサカエの仲は悪いということはなかつた。

(3) 山下木材は、訴外銀行を主たる取引銀行とし、同登呂支店との間で銀行取引約定に基づく取引を行つていたが、遅くとも昭和五八年七月六日以降は、和男の母ツギとともに、控訴人がその取引の連帯保証人とされ、同日付けで差し入れられた保証書(甲第一一号証の一)にも、連帯保証人として控訴人名義の署名があり、またその実印が押捺されており、右書面によると、松太郎の債務について一億七〇〇〇万円を限度として、昭和六〇年六月一五日までに生ずる債務について控訴人も根保証したことになつている。そして、同月五日付けで訴外銀行に対し、右控訴人の実印が使用印として届出されている。さらに松太郎死亡後の昭和五八年九月二九日付け銀行取引約定書(甲第五号証の一)のほか、昭和六〇年一一月一八日までの間に、本件保証書をはじめ、控訴人が署名押印した形の契約書等が一〇通余作成され、その他にも被控訴人、訴外国民金融公庫と控訴人との間に、同様の契約書等が作成されている。

(4) 控訴人は、山下木材に勤務中は、休日以外毎日工場に出勤し、現場で働いていたから、控訴人が承諾していたのであれば、サカエにとつて右各契約書等にその署名をもらい、実印を借りるのも容易であつたと思われるのに、右各契約書等の書面の控訴人の各署名は控訴人自身のものではなく、また昭和五九年になつてから作成された前記各書面等には(一部不鮮明なものもあるが)、実印ではなくサカエの偽造した控訴人の実印に酷似した印章が使用されている。もつとも、訴外銀行ではそのことに気付き、本件保証書以外の書面にも、同様に控訴人の実印を改めて押捺させた。ただし、訴外銀行は、右のような事実があつても、控訴人自身に保証意思を確認することは一切せず、またそのことを被控訴人に通知することもしなかつた。

(5) 控訴人が山下木材を退職する数ヵ月前で、かつ前記偽造印の使用が訴外銀行に対し明らかとなつた以後である昭和六〇年一二月になつて、サカエは訴外銀行に対し、控訴人に連帯保証を頼めなくなつたとして、これを控訴人から前記杉山に変えることの承認を求め、同月一七日以降の山下木材の個々の借入については、杉山が保証人となつている。

(6) 山下木材は、昭和六一年九月三〇日に倒産し、和男は行方不明となつた。その直後に、昭子の実兄の訴外大長彦雄の勧めにより、昭子、またその後控訴人自身も訴外銀行登呂支店を尋ね、本件保証書等を確認し、本件保証契約については勿論、前記各契約書等の作成または右作成についての代理権の授与を否定し、本件紛争となつた。

(三)(1)  以上(二)の認定事実、特に控訴人と和男との身分関係(サカエと明子との関係)、控訴人が山下木材に勤務していたこと、控訴人の真の実印が何回にもわたり使用されていること等の事実を考慮しても、前記(二)の認定事実から明らかなとおり、サカエが控訴人の実印に酷似した印章を偽造し、これを本件保証契約書をはじめ、各契約書等に使用していること、山下木材に勤務し、サカエの身近にいた控訴人自身の署名が右各契約書等に一切ないこと(控訴人の承諾を得ていたのであれば容易に控訴人本人から署名押印を得られたはずである。)に、≪証拠≫を勘案すると、本件保証書の作成または二億円を限度とする連帯根保証契約の締結について、さらにはその余の前記各契約書の作成、各契約の締結についても、控訴人からサカエに対し代理権が授与された事実を認めることはできない。

(2) ≪証拠≫中には、本件保証書等に控訴人の実印を押し直す際には、昭子自身が控訴人の実印を訴外銀行登呂支店に持参している等供述する部分がある。そのこと自体からただちに控訴人自身の承諾、前記代理権の授与を認めるに充分とはいえないが、右各供述等は、≪証拠≫に照らし、措信できないし、その他、本件保証書が控訴人の意思に基づいて作成されたことを認めるだけの証拠はない。

(3) さらに前記本件保証書に控訴人の実印が改めて押捺されたことから、被控訴人の主張には、その時点で控訴人がサカエの無権代理行為を追認したとの主張を含むと解する余地があるとしても、右(1)の認定事実及び右(1)掲記の各証拠からすると、右押捺が控訴人の意思に基づくものとは認めがたいというべきである。

3  してみると、被控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がなく失当として棄却を免れない。

四  よつて、これと異なる原判決は不当であるから、これを取り消して、被控訴人の請求を棄却する

(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 鈴木經夫 浅野正樹)

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